院長あいさつ

愛し、敬うあたたかい医療を実現し、地域の皆さまに安心をお届けいたします。

当病院の理念は、「医療に生かそう愛と奉仕と思いやり」です。

患者さまには真心を持って接し、満足していただけるような最善の医療ができるよう、院長以下全職員が一丸となって心がけてまいります。

思いやりのある看護・介護に努め、いつでも安心して受診できるよう、24時間救急体制も整えております。

地域の皆様に信頼され、愛される病院となるよう努力を続けてまいります。

院長 井原 厚

浅草病院 院長 井原厚

院長に聞く

浅草病院について、院長にお話を伺いました。

- 浅草病院の経営方針をお聞かせください。

井原 院長 私は、院長になって10年になりますが、浅草でどういう医療をやったらいいか考えたとき、この地はまだ救急医療が必要と考え、急性期医療に重きを置いています。

浅草は土地柄で言うと都内の中でも下町になります。高齢者の独居の方が非常に多いので、浅草病院のコンセプトで考えたのは、患者さんにとってかかりやすい病院、まず行って気軽にかかってみようという病院になれればな、というのが一番、考えてることです。
ですから病院移転も含めて、病院内の雰囲気としてすごく明るい病院にしたいと思ったことが一つ。病気や怪我でいらした人たちが、雰囲気の暗い病院に行ったのではなかなか良くならない。
だから「明るい病院」にしたい。

また、患者さんに寄り添える病院でありたい。これは職員に向けてにもなりますけども、優しく患者さんを迎えられる病院。なおかつ私は元気な病院というか、活気のある病院というのを目指していきたいと考えております。

- 浅草という土地自体が、活気がありますからね。

井原 院長 地元の皆さんの活気に職員が負けるわけにはいかない。職員が元気で明るく働くことは大事なところですね。
浅草病院 院長 井原厚

- 5年、10年先を見据えたときの今後のビジョンを伺えますか?

井原 院長 冒頭お話した急性期医療の必要性を第一に考えています。一般に起こる、「困ったとき」にすぐ対応できる体制が必要なのかなと。
これはまさに地域医療構想で話していることなんですが、回復期を存続していく意味合いの中では、最終的なゴールとして「家に帰るという思い」をすごく浅草の地域の方は考えてらっしゃいますから、何らかの疾患・病になって病院に来て、帰るときに回復期の病棟でリハビリをして家に帰れるようになっていただくっていうようなところも含めた、急性期から回復期そして在宅へというところが、まさにここは必要なんじゃないかなというふうに考えています。

- 働いている職員の方たちに共通の思いというか、これだけは同じ思いで仕事をしたいというような方針はございますか。

井原 院長 先程も申しましたが、ひとつにはガッツというか活気ですよね。患者さんに負けないような活気が欲しいということ。

また今は自分の親を見るのもなかなか難しい時代になっている中で、浅草という下町の、人間味ある人たちの中で家族に対する思いがある人たちですから、そこに応えるという意味合いでは誰に対しても手を差し伸べられるような優しさが必要かと。そういう人たちの思いに応えるために日々、研鑽していくような、自分を高める努力を決して忘れないでほしい、患者さんのガッツに負けるなという思いで医療をやってほしいかなっていうふうに考えています。

ただ、今の病院はガッツに関してはまだまだ足りないというか、「こんなものではないはずだ」と思っています。まずは私は今、変えなきゃいけない中で大事なのは診療部をはじめ、職員全員を奮い立たせること。また、そのために「私に付いて来い」とみんなを引っ張っていけるようなスタッフを育てることです。
浅草病院 院長 井原厚

- 病院移転という大きなイベント(2016年)があり、そこで病院の建物はもちろん、立地も変わりました。病院内で変わったなと感じられたものを少しお伺いできますか。

井原 院長 おかげさまでグループの支援を受けて、病院のハードの面で言えば広さが2倍になりましたから、環境として非常に良くなったというのは間違いないと思うんですね。

- 先ほど、医事課の方から「移転前よりも移転後のほうが広くなった分、患者さんの様子を把握しやすくなった」というところがメリットとして挙げられていました。

井原 院長 今までは本当に各病室も狭かったものですから、そこを改善できたのは大きいと思います。あとは明るさが随分、変わったと思います。前の病院は住宅街の1本路地を入ったところでしたから、通りから見ると日が当たるわけではない。今は日当たりもよく、明るくなりました。スカイツリーが見えて富士山が見えて隅田川沿いという環境は、全国いろんな病院があるでしょうけど、なかなか無い「売り」じゃないかなと思ってます。

- 移転以降、患者さんからの評判はいかがでしょうか。

井原 院長 おかげさまで非常に良い印象を持っていただいています。今は見に来ていただければこちらの病院に入院したいというふうに考えていただけているようです。

- そこは大きいですね。

井原 院長 それから、病院の顔って普通は入り口であり正面玄関だと思うんですけど、あえて2階を総合受付にして、病院の周りのきれいな景色や雰囲気を出せるようにしました。
患者さんが来たときに非常に開放感のあります。2階までエスカレーターを付けておりますが、単なる贅沢でエスカレーターを付けたわけじゃなく、来院するお年寄りの方で2階が受付になったときにエレベーターでは、入り口の所で人がごった返すということになりますから、立てて歩けてエスカレーターに乗れる方は総合受付に、まず上がっていただく。そして2階は非常に明るく開けた場所になってますからね。エスカレーターの所は吹き抜けというか天井高が取れてますけど。一度、来ていただけると、いい意味で「病院っぽくない」という風にできたんじゃないかなと考えております。

救急を売りにしていく中で言うと、救急に活用できる放射線の設備であるとか、内視鏡に関しても1階に設備を集約しています。2階の部分は、受付・外来として使える場所として考えました。

- 結果的に窓からの外の景観もすごく良くなりましたね。

井原 院長 そうですね。今後の防災に考えてもスーパー堤防というのを台東区で建てるのが条件になってましたから、その分だけ川から引かなければいけないっていうところで、対岸はその点はだいぶできてるんですけど。浅草は浅草病院が移転してくるまで全くそういうことができてなかった。最初にスーパー堤防を造ったのはまさに浅草病院の所ですから。災害に強いという面に関してもこの病院は考えたということで、万が一に備え、水害を想定すると、ライフラインはなるべく上に持っていこうということで、発電もみんな屋上に持っていきました。そうして、病院の機能として存続できるような形をとりました。それも一つの売りだと思いますね。

- 新しい環境でスタートした病院において、病院経営の中で院長として一番の喜びというのはどういったところにありますか。

井原 院長 病院がきれいになって、ハードの面は充実しましたけど、まだまだ病院の機能を半分も生かせてないっていうところが現状。地元の患者さんだけでなく、地域の病院・施設・先生方に知っていただくというのが大事。一度でも来ていただくと、また来てもいいかなっていうふうに入院された方はおっしゃっていただいてますから。
今までの移転前の浅草病院のイメージを持っていらっしゃる患者さんも、まだ多くいらっしゃるので、移転後の浅草病院を知っていただきたい。そして2度、3度と何か困ったときには来ていただけるような病院になれたら、と考えております。
また、病気になる前に「予防」という観点から、健診にも力を入れたい。台東区は町工場も含めていろんな工場があります。意外とそういうことができてないという企業が多いということを知ったものですから、柱梁していきたい。年々、健診の受診件数は右肩上がりに増えておりますので、まず病気になる前に健診を受けていただきたいという予防の面においても、地域に貢献したいですね。

- 病院で働く事を考えている人に向けて、浅草病院で働く魅力を一言いただけますか。

井原 院長 浅草はとにかくにぎやかな所。観光で言えば私は諸外国の方も含めて、日本に来て、行ってみたい所、多分10本の指に入るでしょう。お祭りを始め、非常に季節を感じる事ができる土地ですから、様々なイベントがたくさんありますので、そういう中で本来の江戸っ子というか下町の東京・台東区に住む人たちに対して、医療に興味を持っている方にはぜひ一緒に加わっていただきたいと思います。
毎週お祭りをやっているような場所っていう所はなかなか無いかなと思います。

それと、東京はいろんな地域から出てきてる方が集まってる所です。特に近年は人と人との繋がりが希薄になっている傾向が強いと思います。しかし浅草は全く逆で、浅草に何歳になっても住んでいたいっていう方が多いですしね。明日、手術だって言っても、お祭りがあるといったん外泊をしたいっていう方も多いような土地柄ですから、そういう東京下町の中での医療に興味のある方、ぜひ来て一緒に働いていただきたいなと思っております。

- 面白いエピソードを聞かせていただきました。

井原 院長 最後に内視鏡、手術室は最先端の設備を導入してます。またMRIも入りました。下町ですけど医療設備としては十分整ってますので、診療部の先生、看護師さん、そういう施設を存分に生かす人材というか、最新の設備のポテンシャルを引き出せる、そういう方に来ていただきたいと思っています。
浅草病院 院長 井原厚